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今日はなんの日?4月6日の雑学!面白い知識でコミュニケーションを潤滑にしよう!

今日は何の日?シリーズ!

城の日

「し(4)ろ(6)【城】」の語呂にちなんで、財団法人日本城郭協会が「城の記念日」として記念日に制定したのが元となり、「日本百名城」のひとつに数えられている姫路城のある兵庫県姫路市が、後年に「城の日」と改称。
さらには、名古屋城のある愛知・名古屋市も同じ理由から同日に記念日を制定しております。
姫路城は1333(元弘3)年に赤松則村によって築かれた平山城で、以後、・羽柴秀吉
・池田輝政
・本多忠政

ら、多くの有力大名が所有する中で拡張が繰り返され、今日再現されている五層六階の大天守と三つの小天守がある構造になったとされております。
また、真っ白な外観とその形から「白鷺城(しらさぎじょう)」とも呼ばれております。
1993(平成5)年には世界文化遺産にも登録されている他、日本国内においても

・日本百名城
・国宝五城
・三名城
・三大連立式平山城

などなど、数多くの名城選に数えられております。

※国宝五城

国宝指定の現存天守を持つ城郭が選定条件とされており、

・姫路城:兵庫県
・松本城:長野県
・彦根城:滋賀県
・犬山城:愛知県
・松江城:島根県

を指しております。

※三名城
・姫路城:兵庫県
・大阪城:大阪府
・名古屋城:愛知県

とされるも、時代や構造・解釈の違いから変動しております。

※三大連立式平山城

・姫路城:兵庫県
・松山城:愛媛県
・和歌山城:和歌山県

コンビーフの日

1875(明治8)年のこの日、コーンビーフの台形の缶詰が特許をとりました。
ところで、日本初の缶詰製造は1871(明治4)年、長崎で松田雅典が始めた物です。
彼の1886(明治19)年の日記に、コーンビーフの缶詰を製造したとあります。

新聞をヨム日

日本新聞協会販売委員会が2003(平成15)年に制定。
「よ(4)む(6)」の語呂合せ。

北極の日

1909(明治42)年、アメリカ海軍の軍人ロバート・ピアリーが、世界で初めて北極点に到達しました。

白の日

「し(4)ろ(6)」の語呂合せ。

寒の戻りの特異日

寒の戻りが起こる確率の高い日。
寒の戻りとは、春になって気温が上がる時期に突然やって来る寒さのことで、大陸からの寒波・北東気流による冷え込み・移動性高気圧による夜間の冷え込み等によって起こります。

開発と平和のためのスポーツの国際デー

1896(明治)年4月6日に、「初の近代オリンピック」とされる「第1回近代オリンピック大会(アテネ・オリンピック)」が、ギリシャで開催されたことを受けて、国連で記念日に制定された国際デーのひとつ。

「英語表記:International Day of Sport for Development and Peace」

近代オリンピックの父と称されるピエール・ド・クーベルタン男爵によって提唱されたオリンピックは、「世界的なスポーツ大会」として以後、基本的に4年に1度開催されております。
スポーツは、人権の向上や社会的・経済的発展に積極的な影響を与えると考えられており、スポーツを通して各国の開発と平和を促すとともに、寛容と相互理解を育む場として期待が集まっております。
そのため、4月6日を中心に世界中の国々でオリンピックに関する様々な

・イベント
・シンポジウム

などが開催されている他、アスリートや競技関係者たちによるメッセージが発信されております。

五箇条の御誓文が発布

1868年4月6日(旧暦:慶応4年3月14日)、明治天皇が天地神明に誓約する形式で「御誓文」が発布されました。
ちなみに、「五箇条の御誓文」は後に付けられた通称であり、正式名称は「御誓文」とされております。

御誓文は
・草案作成:由利公正
・修正:福岡孝弟
・加筆:木戸孝允

がそれぞれ行い、議定兼副総裁だった岩倉具視に提出されております。

御誓文の簡単な内容

主に西洋諸国やアメリカの議会政治の影響を受け、

・独断ではなく、公開された会議等によって物事を取り決めること
・一致団結していくこと
・志を高くもつこと
・過去に縛られず、未来の可能性を拓くこと
・あらゆる知識を吸収し、天皇が国を治める基盤を築いていくこと

が主に盛り込まれております。
原文の解釈には諸説あり、上記は超意訳となっている旨ご了承くださいませ。

人類が初めて北極に到達

1909(明治42)年4月6日、アメリカ海軍ロバート・ピアリー氏が人類で初めて北極に到達しました。
北極到達へは以前からチャレンジされていたものの、氷塊や気候が厳しい土地に耐えうる船や航海技術が追いついてなく、極めて至難とされておりました。
ピアリー氏は北極到達時の思いを
「ついに極を得た。300年来人々の競争の的であった北極を!」
と日記に綴り、星条旗の1部を氷原に埋めて喜んだそう。
ちなみに、ロバート・ピアリー氏が初の北極到達かどうかを当時は実際に確かめる術もなく、北極初到達論争は80年以上続いたそうで、実際に認定されたのは1989(平成元)年になってからのことでした。

北極の日

ロバート・ピアリー氏の北極到達の偉業を称え、4月6日は「北極の日」として記念日のひとつに制定されております。

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